変わらない僕ら
まだ夜も明けきらない早朝。
とある寺院の一室にて一人の少年が座禅を組んでいた。
彼の名は蛇神尊。この寺院の一人息子である。
その彼の姿をこの日最初に認めたのは、まだ年若く、蛇神とも話す機会の多い僧だった。
「尊君?今日も早いね。」
「洋平殿か。おはようございます。」
かけられた声に、蛇神は丁寧に返事を返した。
そして洋平も深々と礼を返す。
「おはようございます。尊君。」
そう言って顔を上げると、二人とも軽くほほ笑んだ。
「それにしても尊君、最近は以前にも増して熱心だね。
野球部の朝練にも早過ぎるんじゃないか?」
「公式試合も近いことですし…。
ですが少し、騒動もありまして…気を落ち着けようかと。
そう思うことも焦りではありましょうが…。」
騒動、というのは…聞いていた洋平にも覚えがある。
「ああ、確か君と同じ部に有名なモデルさんがいたんだってね。」
「ええ…まあ。」
彼も知っていたのか、と少し驚きつつ。
蛇神はふと嫌な予感が胸をよぎるのを感じた。
「尊君、そのことで君にお願いがあるんだけど…。」
ああ、やっぱり。
「そのHEAVENのサインもらってきてくれないかなあ?」
ブルータス、お前もか。
蛇神の胸に、友人から教わったシーザーの言葉がよぎった。
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「きゃああっ猿野くん!HEAVEN!!」
「部活頑張って〜〜!」
つい先日から、以前より更に騒がしくなったグラウンドにて、
今日も十二支高校の野球部員達はめげずに練習をしていた。
そんななか、今朝押し付けられた荷物に気をとられていたのは、蛇神だった。
ファッションモデル「HEAVEN」である天国に、サインをもらう。
そのことがどうしても頼みづらかった。
勿論、天国のことだ。快く応じてはくれるだろう。
だが…人に頼まれたものとはいえ、有名な人間のサインをもらう、という行為は
蛇神は今までの17年間の人生の中では考えたこともないものだった。
それに…。
(猿野にとって我は…苦手な部類に入るのだろうし…。)
そう、蛇神は天国には常日頃から厳しい態度を示していた。
卒塔婆で喝をいれるなど日常茶飯事である。
それは蛇神にとっては天国を諌め矯正するための行為であったが。
それはやはり天国から見れば暴力に変わりはなし…。
ぐるぐると考えた挙句に、出した結論は、というと。
猿野とも親しい、自分にとっては以前ポジション争いはしながらも現在は良きライバルで。
親しいともいえる後輩の…司馬葵に頼むことにした。
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「……。」
「という理由で…申し訳ないが司馬殿、この用件、頼まれてはくれぬか?」
さてその日、思いもかけない人物から思いもかけない用件を頼まれた司馬は、
無言ながら驚きを隠せないでいた。
だが、どうして自分に頼むのか不思議だった。
生真面目な彼なら、自分に頼まれたことは自分で、と思いそうなものなのに。
その気持ちが表情に出たのか、蛇神は司馬を見て苦笑する。
「何故人に…と聞きたそう也。司馬殿。」
「……。」
司馬は、相変わらず鋭いな、と思いながら こくり、と頷いた。
猿野は、優しいから快く受けてくれるのに、と心で聞きながら。
彼は確かに有名で、自分たちの全く知らない世界の住人でも。
それを鼻にかけたり分け隔てをしたりするような奴じゃないのに。と。
だから…彼はあんなに綺麗なんじゃないか?
自分の大好きな人をそう思って。
「我は…そう猿野に好かれてはおらぬだろうから…。」
蛇神は少し苦笑して言った。
司馬はその顔を見て、すぐに分かった。
このひとも不安なんだ、と。
司馬はもう一度優しく首を振った。
「司馬殿…?」
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「その…猿野、頼みがある也…。」
結局、司馬に押されて蛇神はその日の昼、天国の教室を訪れた。
「蛇神先輩?どうしたんすか、珍しいっすね〜。」
蛇神の姿を認めた天国は、驚きながらも傍に寄って来た。
「で、何ですか?用事って…。」
天国が自然に見せた笑顔に、蛇神は自分でも驚くほどたじろぐ。
「実は…その。」
そしておずおず、と今朝洋平に頼まれた色紙を差し出した。
「その…我が家の寺院の者が…主を敬愛していて…。
サインを頼みたい…と。」
そう言いながら蛇神は、嫌な顔はされないだろうか、と一層不安になった。
しかし。
天国はにっこりと笑った。
「あ、いいっすよ〜ほかならぬ蛇神先輩の頼みですしね!」
「え…?」
「え、って。書きますよサイン。色紙貸してください。」
蛇神は天国の言葉に。
夢心地のように、呆然とした。
そして聞かれるまま、洋平の名を答え記入してもらうと。
書きおえたサインを手渡された。
「はい、これ!
蛇神先輩にはいつもお世話になってますからね、特別バージョンですよ!」
「す…すまぬ。」
「いえいえ、これくらいお安い御用ですって。」
それじゃまた部活で、と天国が教室に戻ろうとした時。
蛇神は知らぬ間に声をかけていた。
「あの…猿野!」
「はい?」
「…いや、ありがとう。」
「どういたしまして。」
天国は 華のように笑った。
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大丈夫だったでしょう?と微笑む司馬に、蛇神は苦笑して頷く。
「司馬殿の思うとおりだった也。」
有名だったことを知って、嫌われているかもしれない、などと…。
「どうやら隔てをおいていたのは我の方だったようだな。」
こくり、と司馬も頷く。
変わったのは、周りが知ったことだけだから、彼は変わらない。
不安になんて思わなくてもいい。
「だから猿野は綺麗なんですよ。ね?先輩。」
「…そうだな。」
二人は、二人にはとても珍しく。
声を出して 笑った。
変わらない君を思って。
end
燎流様、大変お待たせいたしました!!
モデル設定にさせていただきましたが…あんまり設定を生かせなかったようですみません。
しかも蛇&馬がかなり仲良しになってて…私の中で二人はこんな感じなんです…。
今回出てきたお坊さん「洋平」は「陰陽師」で有名な岡野玲子先生の往年の名作「ファンシィ・ダンス」よりお名前をお借りしました。
この漫画お坊さんの日常生活とかかなり細かく描かれてて面白いです。おすすめですね(笑)
話がそれましたが、燎流様、素敵リクエスト本当にありがとうございました!
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